大阪樟蔭女子大学公式サイト 学長だより 北尾悟

答えは一つしかないとは限らない

 暑い日が続いています。高校野球の地方大会も終わり、いよいよ甲子園大会です。まだまだ、これからが夏本番と心してかからねばなりませんね。前回も記しましたが、気持ちと行動はクールにいきたいものですね。

 現代の世の中、インターネット、SNSなどには様々な情報があふれています。何かわからないことがあれば、多くの質問サイトがあり一応の答えが得られます。いつでもどこでもアクセスできるので、安直に答えを求める状況が強まってきていることに、少し私は憂慮しています。学生のレポートなどでも、いわゆる「コピペ」が以前から問題にもなっています。いろいろな問いかけに対して、自分で深く考えるよりも、すぐ安直に正解を求めるようになってきているのではないでしょうか?

 また、マニュアルの徹底や規程(決まり)の順守が言われています。確かに問題やトラブルなどが起こらないように、あるいは、起こった後の対処法など一定のルールは必要です。マニュアルや規程はなくてはなりません。ただ、これらに従っていれば大丈夫というものではないと思います。

 昨今、「正解のない問い」が増えてきているように思います。予測困難な時代に入ったという人もいます。「○か×か」「白か黒か」という単純に答えられない問いかけが増えてきているように思います。このご時世、今一度原点に帰って、しっかりと考えていく姿勢が大事だと感じます。考えもせず、すぐに質問サイトに答えを求めたり(時には間違えている場合もある)、マニュアルなどルールに則ったやり方で問題を収拾しようとしていませんか?素早く判断しなければならないときもありますが、自分の頭で考えないで他のものに頼っていることはないでしょうか? 深い考察なしに結果だけ求めることは課題解決力の減退につながります。特に白黒どちらかに結果が落ち着く場合でないときには、「どちらでもない、あるいは真ん中的の視点(あいまいとは違う)に基づく新しい解決策」が求められることがあります。また、マニュアルや規程などもそれが設定されたときには理にかなっていたとしても、状況が変化し、ある時点において相応しくないこともあり得ます。基本ルールを認識した上で、実際の判断はマニュアル通りではいかないことも想定しなければなりません。

 自分の頭で考え、時には悩み、そしてまた考えましょう!考え抜く姿勢が今、問われていると思います。でもなかなか一人で考え抜くことは難しいと思います。そんなときは、人と話をするのも一つの手です。そこでは課題を提示後、自分の頭に描いていることを一方的に相手に話したり、押し付けたりはせず、まずは相手の意見を聴くという姿勢が大事だと思います。相手の立場を把握し、相手の意見を自分のこととして捉えてみて考えてみてはいかがでしょうか?判断がつかず悩んでいるときは、得てして独りよがりに陥っていることが多いです。自分とは異なる価値観を共有できれば、課題解決に大きく前進すると思います。

 画一的に素早く判断が求められる風潮。これは大学関係者も自省せねばと思います。その最たるものが、入試問題です。問題を解く場合に考えながら解いていく、考える過程を示す、あるいは記述する形式の問題提示をすれば良いのでしょうが、本学の入試でも一部を除き、マークシート問題形式である一定時間内に解答を求めているのが実状です。現状を考えるとなかなか難しいですが、いずれ入試制度も変えていかねばならないでしょう。

 すぐに正解を求めず考え抜く、そして異なる人との対話を通して自分の価値観を築いていく姿勢。私も身につけねばと思っています。

北尾 悟

どんな人でもどこかに良いところが・・・

 いよいよ梅雨入り!じめじめした湿気とともに気温も上がっていき、汗かきの人のみならず、過ごしにくい季節となってきました。周りの環境に左右されず、気持ちと行動はクールにいきたいものですね。

 周りの環境、と記しましたが、人間は自分以外の人との付き合いをしなければなりませんので、社会生活を送る上で人付き合いの環境をどう築くかが大事になってきます。でもこの人付き合いには悩みがつきものです。というのは、会話したり行動を共にしてみると、「この人(達)とは合わない」ということがしばしばあります。そういう人(達)とは、今後一切付き合わないということができれば良いでしょうが、そうはいかないことがほとんどです。合わない人(達)と同じグループなど組織上どうしても一緒に仕事を進めていかねばならないこともあります。

 たとえ仲の良い友たち同士、または相思相愛ラブラブな恋人同士であっても、合わない部分はあります。お互い違う個人ですし、個性があります。私が思うにこれらの人達は、お互いの良いと感じている面(合う部分)を認め合い、悪いと感じる面(合わない部分)をカバーしているからうまくいっていると思います。親兄弟姉妹や夫婦もそうだと思います。こういう人達でも、合う部分が合わない部分をカバーしきれなくなると、恋愛で言えば別れが来てしまいます。

 では社会生活を営む上で、どうしても合わない人、苦手な人、極端な表現をすれば生理的に受け付けない人と一緒に仕事をせざるを得ない場合、どうしたら良いでしょうか?そんな時、仲の良い友達同士や恋人達がなぜうまくいっているのかを考えてみてはどうでしょうか?これらの人達がうまくいっているポイントは、相手の良い面を認めているからだと先ほど述べました。どんなに嫌な人でも、どこかに良い面が必ずあります。その良い面を見つけて合わない人と付き合っていくよう心がけるのです。最初はなかなか良い面が見出せなくても構いません。でも自分より良い面、優れている面が何かしらどんな人でも必ずあるはずです。それを見つけて認識して、一緒に仕事をしていくのです。いずれ徐々に良い面の割合が増えていくでしょう。良い面の割合が悪い面のそれより低いままでも気にしないことです。良い面の割合が低くても相手の良い面を見つけ接していくという気持ちを続けると、相手も自分のことを快く思ってもらえ、仕事などが円滑に進んでいくと思います。

 「人にはどこか良い面が必ずある」という言葉は、確か私が前職の研修で聞いたと思いますが、30年以上の昔のことで記憶が定かではありません。ネットで調べてみると、フーテンの寅さんを演じた渥美清さんも「おれは人間のいいところを見る。そのほうが面白いよ」という言葉を残しているようです。その他ネット上では、円滑な人間関係を築くノウハウがいろいろと載っていますが、人付き合いを円滑に進める一番のお薦めは、「人の良い面を見つけ認めて接する」ことだと私は思います。

 といっても、いざ嫌な人と面と向かったとき、なかなかその人の良い面を見つけることが難しいかもしれません。私自身もなかなかその心境に至っていないと正直に明かします。そのときには、「どこかにこの人の良い面がある、良い面がある」と念仏のように心の中で呟いています。それだけでも、自分自身の精神状態が落ち着き、仕事もはかどります。ぜひ、試してみてください。

北尾 悟

平成29(2017)年度 入学式式辞

 本日晴れて大阪樟蔭女子大学院ならびに大学に入学された新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。すべての教職員とともに、みなさんの入学を心から歓迎いたします。
 そして、新入生のみなさんを今日まで育て、その勉学を支えてこられたご家族をはじめ関係のみなさまには、こころよりお慶びを申し上げます。
 また、後援会、同窓会をはじめご来賓のみなさまにはご多用のところをご臨席賜りまして、厚く御礼を申し上げます。

 新入生のみなさんが入学された大阪樟蔭女子大学院ならびに大学の運営母体である学校法人樟蔭学園は、1917年、大正6年に設立された樟蔭高等女学校がその歴史の始まりです。今年、創立100周年を迎えますが、みなさんはその節目の年に入学されたのです。これまで延べ約10万人の卒業生を社会に送り出しています。
 100年の歴史を有しますが、今も変わらぬ「建学の精神」があります。創立者森平蔵先生の思いである建学の精神の主旨は、「『高い知性』と『豊かな情操』を兼ね備えた社会に貢献できる女性の育成」というものです。これからみなさんは各々の専攻あるいは学科で学びを修得していきますが、この学びを通して『高い知性』と『豊かな情操』を身につけてほしいと私は願っています。
 そのためには、どのような心構えで学生生活を過ごせば良いのでしょうか。みなさんの過ごす学生生活は、社会に出る一歩手前の時期にあたります。ですから、この時期に社会生活を営む力を養ってもらいたいと思います。この社会生活を営む力、つまり社会対応力を養うには、様々な知恵や技能が求められます。その知恵や技能を修得する過程において、『高い知性』と『豊かな情操』が身につくと思います。

 そこで、着実に、かつ効果的に社会対応力を養い、結果として『高い知性』と『豊かな情操』が身につく方法をみなさんにお伝えしたいと思います。
 その方法とは、「新しいことに挑戦する」ということです。キーワードは挑戦、チャレンジです。
 学生時代はほかの時期とは違い、時間と自由があります。大学での正規の学びはもちろんのこと、いろいろなことに挑戦し、新たな体験をしてください。多くの挑戦を通して、自分に対する新たな発見をし、多くのことを学んでもらいたいものです。これが社会対応力をつける一番の近道と思います。
 入学してすぐに社会対応力、言ってみれば、卒業後の進路、就職のことをもう考えねばならないのか?と思っている人もいるかもしれません。しかし、学生生活はあっと言う間に過ぎ去ってしまいます。今から、先を見据えた心構えで、学生生活を始めてもらいたいと思います。

 「新しいことに挑戦してほしい」のですが、時には挑戦をすることで失敗をすることもあるでしょう。なかには失敗したくないので、新しいことに挑戦することに尻込みする人もいるかと思います。そう思う人たちに私からのメッセージを発信します。

 「失敗は成功の母」ということわざがあります。「失敗は成功のもと」とも言われています。英語では、
 Failure teaches success. 直訳すれば、「失敗が成功を教える」です。 あるいは、
 He that never did one thing ill can never do it well.「一度も失敗を経験したことがない者は成功できない」と訳される表現もあります。

 「失敗は成功の母」

 失敗をしてもその原因を追究したり、欠点を反省したり、そして改善をすることによって、結果として成功に近づくことができるというたとえです。つまり、失敗を成功への過程、プロセスとして位置付けるという考えです。失敗することで、早い段階でその方法や進行方向が間違っていることを教えてくれるシグナルになるのです。失敗には必ず原因があります。その原因を追究することで、次に挑戦するときに、同じ過ちを繰り返さない、同じ轍を踏まないように自らを導くことができるのです。
 「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」、という言葉があります。この言葉は、プロ野球解説者・評論家の野村克也さんがよく使われていたので、知っている方も多いと思います。
 元の出典は、「甲子夜話(かっしやわ)」という江戸時代後期に肥前の国、今の長崎県にあたる平戸藩第9代の藩主だった松浦清、一般には松浦静山の呼び名で通っている方が書いた随筆集に記されている言葉です。

 「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」

 うまくことが運んだ時、つまり成功したときは、得てして人はなぜ成功したのか考えないことがよくあります。ラッキーにラッキーが重なって首尾よくことが運ぶこともあります。ですから、「勝ちに不思議の勝ちあり」と言えるのです。逆に、負け、失敗したときは、必ず原因があります。「負けに不思議の負けなし」です。先ほどの繰り返しになりますが、その原因をしっかりと分析し、客観視することで次へのステップにしていかねばならないのです。
 みなさんは、これからどんどん成長していく可能性を秘めています。学生生活の中で、失敗を恐れず、様々なことに挑戦してください。そして、もし失敗したときは、そのまま放っておかず、次はどうしたら良いか、自分なりに考え、悩んだ時にはほかの人の意見も聞き、答えを導くよう努めてください。このようなことを繰り返すことで、結果として、建学の精神である『高い知性』と『豊かな情操』が自然と身につくことになるでしょう。そして、近い将来、社会で活躍、貢献できることにつながるはずです。

 結びに、わたくしたち大阪樟蔭女子大学院ならびに大学の教職員すべては、みなさんをサポートすべく、さまざまなプログラムを用意して、お待ちしておりました。 みなさんが本学で充実した学生生活を過ごし、そして成長していくことを心から願ってやみません。20170401_2.jpg「新しいことに挑戦してほしい」ということを今一度申し述べて、私の式辞といたします。
 みなさん、ご入学、まことにおめでとうございます。

平成29年4月1日
大阪樟蔭女子大学 学長
北尾 悟

平成28(2016)年度 学位授与式 式辞

 平成28年度の学位授与式を挙行するにあたり、大阪樟蔭女子大学の教職員を代表して大学院修了生ならびに学部卒業生のみなさんにお祝いの言葉を述べさせていただきます。学位授与、おめでとうございます。そして、みなさんの学生生活を支えてこられたご家族をはじめ関係のみなさまには、こころよりお慶びを申し上げます。また、後援会、同窓会をはじめご来賓のみなさまにはご多用のところをご臨席賜りまして、厚く御礼を申し上げます。

 さて、先ほど、私は「学位授与、おめでとう」と言いました。大学院生は「修士」、学部生は「学士」の学位が記された『学位記』を本日晴れて受け取りました。この『学位記』は、「それぞれの専門分野において、高い知識と優れた技能を修得した」という証明書です。これを受け取ることで学業の過程のひとつの区切りとなりますが、これで勉強をしなくてよいということではありません。普通は「卒業おめでとう」と言うところですが、「卒業」という言葉を使うと、もう終わった、あとは何もしなくて良いと捉えがちになるので、あえて「学位授与、おめでとう」と表現しました。

 明日からはみなさんは、これまでとは違い、いやこれまで以上に自分の力で生きていかねばなりません。今、そのスタートラインに立っているのです。これまでは比較的狭い世界で同じような考えを持った人たちと接してきた面が強いかと思います。またもしどうしても相容れない人がいた場合、その人を遠ざける、あるいは、相手にしなくても何とか生活することができました。でもこれから進む道には、これまで以上に様々な出来事に遭遇し、困難な場面も経験することになるでしょう。どうしても合わない人と行動を共にしなければならないこともあるかもしれません。

 そのようなときにどうするのか?解は1つではありません。場面々々で違います。何とか対処法を生み出すためには、今まで以上に色々な知識と技能を修得していかねばなりません。社会生活や世の中における勉強は、これまでの学生生活における学びとは違います。これまでとは質の異なる学び、例えば対応力など様々なことを学んでいかねばなりません。

 このことを示している一つの事例を紹介します。現代社会の抱えている問題です。

 昨年は世界でいろいろな動きがありました。英国のヨーロッパ連合(EU)離脱やアメリカのトランプ大統領誕生などその代表だと思います。これらの動きの陰には「フェイクニュース」という問題があります。「フェイク」つまり嘘、偽物の情報、ニュースの影響で、英国のEU離脱の是非を問う国民投票やアメリカ大統領選の投票結果が大きく変わったと言われています。

 例えば、アメリカ大統領選挙では「ローマ法王もトランプ氏を支持」というニュースが大量にネット上に出回りました。もちろん、この情報はフェイクですが、この情報を信じた人が多くいたという事実があります。今は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)による情報が瞬く間に多くの人たちに伝わり拡散する世の中です。なぜ、多くの人がこのフェイクニュースを信じ、また拡散させてしまったのでしょうか?

 「自分が興味のある情報だけを受け取る人たちが増えている」という指摘をNHKクローズアップ現代の番組で紹介していました。携帯スマホが普及し、テレビのニュース番組を見たりせず、新聞も読まず、ニュースをほぼフェイスブックなどのSNSから知る人が急増しています。SNSで情報を得ることが習慣になると、自分と異なる考えや、知りたくないニュースがだんだん煩わしくなり、設定を変えて自分の好む情報しか届かないようにしたりできます。「いいね」を押したり、シェアしたりすると、良く似た傾向の記事ばかり表示されるようになります。そうなれば、多くの情報を得ているように見えて、実は多様なニュースや意見、考えが得られない状態になってしまうのです。

 フェイクニュースを発信している人たちは、そう深く考えず単にパロディ、軽い気持ちでニュースを作っているようです。彼らからすれば、嘘を真実と受けとめる社会に問題があると思っているでしょう。見出しだけで中身を読まずに想像して拡散する人達がたくさんいる、そして、真実かどうかはどうでもよく、自分が信じたいと思うことだけが目に入る人たちが問題なのだと、見ているようです。

 確かに携帯、スマホは便利ですね。この場のおそらくほとんどの方は今、身につけているでしょう。いろいろな機能があり便利ですね。その便利な機能の1つとして、SNSが挙げられるでしょう。この機能を否定するつもりはありませんが、使い方を誤ると大変なことになることを忘れてはいけません。たとえフェイクニュースを作って発信しなくても、そのニュースに「いいね」やシェアすることで、フェイクを拡散し、あなた方も誰かを悩ませたり、場合によっては傷つけたりと、加害者にもなり得るということを自覚してください。

 では、こうした状況に私たちはどう対応すべきでしょうか?当然のことながら、得られた情報が真実かそうでないかの見極める力が必要です。つまり情報の信頼性をどう見分けるかが大事になってきます。情報源が限られている状況や、自分の好きな、あるいは感じが良さそうな情報しか見ない、という姿勢を改めねばなりません。SNS以外の情報源、たとえば新聞やテレビのニュースなど種類の異なる情報ネットワークを構築することから、まず始めましょう。

 また、自分と意見が違う人とも議論をしましょう。社会人となる皆さんは、違う立場の人たちとコミュニケーションを取らなければなりません。仕事を通して日々、いろいろな人たちと話し合い、こういう考え方があるのだ、こういう見方があるのだ、または、こういう対応方法があるのだ、と考えさせられることになるでしょう。このように話す経験を多く積むことで自分の頭で考え、悩むことが結果として自分自身の成長につながると思います。考え悩むことを継続していると、『自分』というものが自然とできあがってくるものです。『自分』というものが確立されるということは、「自分の考え」がしっかりしているということです。そうなれば、フェイクニュースがたとえ飛び込んできても、これは偽情報だな、と判断し相手にしなくなります。

 あの俳優の渡辺謙さんは、考え悩み続けることができるのが、自分の才能なのかな、と思っているそうです。

 フェイクニュースにいかに対応すべきかについて話をしましたが、これらは世の中をどう生きていくのか、社会生活における指針とも言えるでしょう。

 今一度、繰り返します。

 1つは、情報のネットワークを広げる、多種多様な情報源を持つよう心掛けてください。

 そしてもう一つは、立場、考えの違う人たちと話をする、このことにより考え方のバリエーションを増やし、自分自身で考え悩むことで、自分を確立してください。

 これらを皆さんへの「はなむけ」、といたします。

 今年、樟蔭学園は創立100周年を迎えます。これまでの99年の歴史をしっかりと受けとめ、良き伝統と誇りは守りつつ、現代社会に対応したしなやかな変化も必要です。皆さんが「学んでいい大学だった」と振り返ってもらえるよう、教職員一丸となって様々な改善に取り組み次の100年への礎を築いていきます。皆さんには温かく、そして時には厳しく大阪樟蔭女子大学に関わりを持ち続けてもらいたいと思います。

20170314.jpg 最後に、皆さんが、大阪樟蔭女子大学大学院ならびに大学で学んだことに自信と誇りを持って、大きく飛躍し、様々な方面で活躍されることを心より祈念し、私の式辞といたします。

 みなさん、改めて学位授与、おめでとうございます。

平成29年3月14日
大阪樟蔭女子大学 学長
北尾 悟

読書、できれば長文を読みましょう!

 早いもので2月如月も終盤になりました。寒暖の差が少しずつ出てきて、春近しを感じさせます。私の自宅近くの公園では、梅の花が咲いています。少しずつ季節は動いていますね。

 さて今年度も「田辺聖子文学館ジュニア文学賞」の表彰式が来月に迫ってきました。以前のこの「学長だより」にも記載しましたが、この文学賞は芥川賞作家であり文化勲章を受章された本学の卒業生である田辺聖子先生に関する研究機関、資料館である本学の田辺聖子文学館が主催しています。今回で9回目となりますが、小説・エッセイ・読書体験記の部門で応募数が前回より増えました。特にこれらの部門は、豊富な語彙力と表現力が必要で文章全体の構成力も求められます。中高生の皆さんの創作意欲と能力の高さに驚くばかりです。

 その文学賞作品集の挨拶文にも記載したのですが、読売新聞の「読解力が危ない」というシリーズ記事の内容に触れたいと思います。2月1日の読売新聞に「SNS没頭 長文読まず」のタイトルが記されていました。シリーズ3回目の記事ですが、15歳の読解力の日本のランキングが4位から8位に低下したという国際学力調査の結果が、紹介されていました。ランキングが低下した原因の一つとしてスマートフォン(スマホ)の普及に伴う長文を読む機会の減少を挙げています。スマホの利用時間が増える一方、読書量は減少しています。また、スマホの普及に伴ってソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が若者らの間に急速に広まったことにより、瞬時に短いメッセージを発信するために短文化や省略化の文章表現が求められているという背景も挙げられます。読書量が減少し長文表現力も低下することが懸念されています。
今回の文学賞に応募された中高生の皆さんは、新聞記事に記載のような懸念は関係ないことと思います。若いこの時期に読書を通して多様な考え方や感受性を養い、読解力および表現力を身につけることを、多くの若い人に心がけてもらいたいものです。これまでも「書く」ことを積極的にしてくださいと発信してきましたが、表現力が少しでもあれば「書く」ことを習慣づけやすくなります。その表現力は読書により身につくと私は思っています。

 先日、仕事の帰りに電車に乗った時の光景です。車両の中、視野に入った20名くらいの乗客全員が携帯・スマホを見ていました。もちろん、全員がSNSをやっているのではないでしょう。中には電子書籍で読書をしている人もいるでしょう。両若男女問わず、スマホの普及が読書量の減少に起因していると言われている社会の縮図を垣間見た気になりました。どういう手段をとっても良いと思いますが、読書、できれば長文を読み、いろいろな世界や多様な考えに触れてみませんか?自分自身への反省の意味もこめて・・・

北尾 悟

1  2  3

カレンダー

検索