大阪樟蔭女子大学公式サイト 学長だより 北尾悟

平成30(2018)年度 学位授与式 式辞

juyo.jpg 平成30年度の学位授与式を挙行するにあたり、大阪樟蔭女子大学の教職員を代表して大学院修了生ならびに学部卒業生のみなさんにお祝いの言葉を述べさせていただきます。学位授与、おめでとうございます。めでたく卒業の日を迎えられたみなさんを心から祝福いたします。そして、みなさんの学生生活を温かく見守り支えてこられたご家族をはじめ関係のみなさまと喜びを分かち合いたいと思います。
 併せて、後援会、同窓会をはじめご来賓のみなさまにはご多用のところをご臨席賜りまして、厚く御礼を申し上げます。

 さて、修了または卒業されたみなさんは、これから人生の新たなステージに向かっていくことになります。樟蔭で身につけた力を思う存分発揮し、活躍されることを願っています。ただ、これからの人生では、様々なタイプの人との関わりを持つことになるでしょう。考え方や行動様式も人それぞれです。他の人を快く思うこともあれば、場合によっては不快に感じることもあります。

 最近、私が不快に思っていることを述べます。それは飲食店やコンビニエンスストアで撮影された「悪ふざけ動画」です。当人たちは軽い気持ち、ノリで行っているようですが、仲間内で盛り上がっている様は見苦しく感じます。
 この「悪ふざけ動画」には色々な問題が含まれていますが、私が何よりも問題視していることは、食べ物を粗末に扱うこと、食べ物に対する畏敬の念が無いということです。
 食べ物は、ほぼ100%生き物が原料です。植物、動物や海産物など生き物から成り立っています。生き物、つまり、命あるものを私たちは食べているのです。命と一体である食べ物を雑に扱ってもらいたくないです。以前、私は食品企業で働いていたので、こういう気持ちが人より強いのかもしれませんが、食べ物のありがたみ、食べ物への敬意を払ってもらいたいと思います。
 また最近の傾向として、「インスタ映え」という言葉に象徴されるように、食べ物を中身よりも外見やそこに付随した情報がもてはやされる一種の食のファッション化、ポップカルチャー化している風潮にも警鐘を鳴らしたいと思います。もちろん、食べ物のありがたみを分かった上でなら、見栄えのよい飾りつけをすることには異論を唱えませんが、命ある食べ物を単なる「物」として捉えてほしくはありません。食べ物には命が宿っていたのです。その命を私たちはいただいているのです。
このように「悪ふざけ動画」や「インスタ映え」を通して、「食べ物」「食べる」とはどういうことか、みなさんに今一度考えてもらいたいと思い、この話を出しました。
 そして、この私のように不快に感じている人もいることに気づいてもらいたいのです。おそらく「インスタ映え」については、そこまで過剰反応しなくて良いのでは、と違和感を持った人もいるでしょう。でも社会に出たら、こういう考え方や感じ方が違う人たちと同じ時間を共有し仕事をしなければならない場面が多くなってきます。時には対立することもあるでしょう。そのことであなた自身も傷つくこともあるかもしれません。
 では、こういう時にどのように対処すれば良いのでしょうか?

 ここで1つの対処方法を伝えたいと思います。それは先ほど述べた「命ある食べ物を私たちは食べて生きている」ということから導いた私なりの対処方法です。

 われわれ人間も命ある生命体です。生命体である人間は他の命ある生命体を食べて生きている、いわゆる食物連鎖という大きな自然の営みの一つであり、自然界の一員であるということです。そしてこの自然界はわれわれ人間をはじめすべての生命体を包み込むスケールの大きな存在です。昨年、大阪でも自然の脅威にさらされました。地震や台風による風水害がありました。こういう自然の脅威にはわれわれ人間も含めすべての生命体は、為すすべもないということを思い知らされました。

 このような経験からも人間お互いちっぽけな一人、個人としてではなく、複数の人間からなる群(むれ)として自然と向き合わねばならないと感じます。より集団での社会行動が求められていると思います。集団での社会行動を円滑に推進するには、やはり人間同士のコミュニケーション能力が求められます。このコミュニケーション能力を培うには、相手の考え方や行動様式を少しでも理解することが必要です。理解を深める一歩として、まずはその相手には自分にない優れたことが必ずあるという前提に立って、優れた面を探し出し、リスペクトすることを奨めます。そしてその人を褒めるということから始めてはいかがでしょうか?

 「タイガーチャージ」と言う言葉、おそらくみなさんは知らないと思いますが、プロゴルファーのタイガー・ウッズ選手が全盛期の頃、試合の最終日に驚異的なスコアを出して逆転優勝するということばしばしばありました。なぜ彼は最終日に覚醒したかのようにプレーして勝利することができたのか?こういうことを研究した大学の研究者もいたようで、その人の研究成果によれば、非常に単純な理由でウッズ選手はトーナメントで勝利を重ねたと結論づけました。
 その理由とは、「他のプレーヤーの成功を悔しがったりせずに、どんな時も常に喜び褒めていた」ということです。当然、ウッズ選手も他のプレーヤーに勝ちたいので、他のプレーヤーが良いスコアを出すと負ける可能性が高くなります。ただウッズ選手は他のプレーヤーを褒めれば、褒められたプレーヤーは喜びを感じ、時にはそのプレーヤーからウッズ選手自身のプレーに応援してくれる可能性があることを意識もせず行っていたということです。そして何よりも競技の場、コースの雰囲気が良くなり、プレーに集中できたとのことです。まさに他者を褒めることこそが、自分の勝利への近道であることを示していたのです。現に、ウッズ選手は、
I just hoped for the best of the opponent, and try hard! I was cheering.
「わたしは、ただただ相手のベストを願って、頑張れ!と応援していた」
と言っています。

 同じスポーツの世界では、テニスプレーヤーの大坂なおみ選手も相手へのリスペクトの気持ちを伝えています。全米オープンの決勝戦では相手のセリーナ・ウィリアムズ選手に尊敬の念を表していました。また全豪オープンでも決勝戦の相手であるぺトラ・クビトバ選手に対しても優勝スピーチの最初に「ぺトラ、大変なことを乗り越えてきましたよね。おめでとうと伝えたいです」とまず相手を称えました。

 スポーツを例にとりましたが、相手を認め褒めることは、ある目標、目的に向かって社会生活を送る上で重要であると思います。それは、どんな目標、目的、どんな場面でも同じです。相手とのコミュニケーションが深まりますし、最終的には自分にプラスとなって返ってくることもあるのです。打算的なことは抜きにして、相手をリスペクトし褒めるということは素晴らしいことだと思いませんか!?

 樟蔭学園は女子学園として100年を超える歴史を積み重ねています。来年度、2019年度、大学は創立以来70年という節目の年を迎えます。大学では、2030年に向けてグランドデザインを提示し、「美(知性・情操・品性)を通して社会に貢献する~美 Beautiful 2030~」をスローガンとしました。
食べ物に畏敬の念を示し、自然界の中でちっぽけな一人ではあるが、他者をリスペクトし褒めることを通して、多くの人たちと共に生きることをみなさんに心がけてもらいたいと思います。こういう心がけも一つの内面の美しさです。その内面の美しさ、美を通して社会に貢献する女性を育てていくことが、大阪樟蔭女子大学の使命であると考えています。

sakura.jpg 今、まだ堅いつぼみの桜も、あと一週間もすれば花を咲かせ始めるでしょう。その一週間後には満開となるでしょう。みなさんのこれからの人生も桜の花のように満開の希望の花が咲くことを願って、平成最後の学位授与式の式辞の結びといたします。

平成31年3月14日
大阪樟蔭女子大学 学長 北尾 悟

Values in life

20190205.jpg 平成最後の正月も早、1カ月以上前のこととなり、この原稿を書いている日は節分、暦の上では着実に春に向かっています。自宅近くの団地の梅の花も咲きはじめています。

 最近、ダイバーシティー、多様性、という言葉をよく耳にするようになりました。高度経済成長時代は、同質な日本男子労働者が昨年より今年、昨日より今日、いかに多くの製品を産み出すか、戦争に負けて国を立て直し豊かになろうと同じ考えで仕事に従事していました。ただこういう時代は終わり、現代社会は、考え方はもちろんのこと、性も年齢も人種さえも様々な人々と同じ空間で仕事をしなければならなくなっています。

 異質な人々が同じ場所にいる状況で生産的な仕事をしていく、人生を歩んでいくには、多様な異質を受け入れる力、つまり「受容力」を養わねばなりません。受容する力を身につけるには、まず相手のことを知る努力が必要です。知らないと誤解が生じます。相手に対して配慮が足りなくなります。自分本位になり他人のことは文字通り他人事になるでしょう。場合によっては喧嘩になることも。

 このようなことにならないよう、自分と違う立場の人と真摯に向き合い、相手を「知ろう」とする態度や会話が多様性に満ちた世の中を生き抜くポイントだと思います。結果として人間関係を良くしていくことにつながります。真摯に向き合うには、まず自分と他人(相手)は違うということを改めて認識し、相手をリスペクトすることが必要だと思います。これまでもこの学長だよりや学位授与式での式辞などで記しましたが、どんな人でも必ず自分より優れていることがあります。その優れていることを見つけ、そのことにリスペクトして対話をすることが望まれます。もし、相手が自分のことを理解してもらえない場合は、相手の能力の問題ではなく自分自身の説明が不十分なのでは、という姿勢が大事になるでしょう。新渡戸稲造の言葉に「人を愛して愛の反響なきは己の愛の足らぬを証拠と知るべし」があります。他人のせいにするのではなく、まずは自分自身に問題がないのか謙虚な姿勢で向き合うことが求められるということです。

 立場の違う人に対して謙虚な姿勢で臨むということは、周囲の人を大切することを意味していると思います。そして周囲の人に感謝する気持ちを強く持つことにもなります。先月の女子テニス全豪オープンで優勝した大坂なおみ選手もインスタグラムでコーチをはじめサポートしてくれた多くのスタッフに感謝の言葉を記しています。その最後に、"Lastly, thank you dad for teaching me the values in life."と父親に対しても感謝の念を表しています。

 Values in life!

 おそらくテニスを教えてもらいプロテニスプレーヤーとして生きていこうという自分の人生の方向性を意味していると思います。ただテニスをプレーすることだけにとどまらず、テニスを介してどう人生を歩んでいくのか、考えるきっかけを与えてもらえたことが重要だと思います。自分自身で考え悩み、自分なりの人生に対する価値を作り上げていったのでしょう。自分の人生に対して何かに価値を見出しそれに向かって邁進する人は、当然のこととして人生における価値を大事にするでしょう。自分自身がそういう心境でいるので、周囲の人も価値を持っている、あるいは持っていないように見える人には自分の人生での価値を見つけてもらいたいと思っているはずです。ですから人を非難しないし相手をリスペクトするのではないでしょうか?大坂なおみ選手のインスタグラムはそのような気持ちが非常に強く表れていると思います。

 なかなかこういう心境になるのは難しいですよね。私もその境地には至っていません。ただ、こういう気持ち、考えを常に意識するように努めようとしています。
BGMに「嵐」の「感謝カンゲキ雨嵐」を聴きながら・・・~Smile Again ありがとう~

北尾 悟

人を笑顔にする仕事

 先日、本学化粧ファッション学科主催の「樟蔭ファッションセミナー」を聴講しました。セミナーの内容は学科ブログを参照してください。なんと、私が・・・・

 講師はメイクアップアーティストであり、「女装メイク師」のIMAさんでした。IMAさんはメイク系の専門の学校を卒業後、イラストレーターとして活動をしていました。しかしながらなかなか思うような活躍ができず、様々なアルバイトも経験しつつ、自信も失いかけていた時期があったそうです。そういう時期に知り合いの男性からメイクをして欲しいと頼まれたそうです。そのときに自分が持っているメイクの技術や考えでその方を施術したところ、メイクを施した後、その男性からそれまでに見せたことのない笑顔で感謝の言葉を伝えられたそうです。女装メイクをすることによって、それまでその男性が抱え込んでいた悩みや思いが解き放されたようで、何とも言えない心の底からの満面の笑みが現れたそうです。その表情を見てIMAさんは、人を笑顔にすることの素晴らしさを感じ、そこからは女装メイク師としての仕事に邁進するため、さまざまな手法やアイデアの開発に努め、メイクとアートを融合したナチュラル変身メイクの第一人者となりました。昨今ではテレビ出演もされるようになり、活躍の幅を広げています。

 「人を笑顔にする」。素敵ですね。世の中にはさまざまな仕事があります。直接、間接の違いはありますが、どの仕事も人を笑顔、幸せにすることが目的ではないでしょうか?なぜ仕事をするのか?食べていくための生活費を稼ぐ、とほとんどの人はまずは答えるでしょう。しかしその答えでは義務感で仕事をしているようなもので、生きがいを感じることはありません。そして義務感だけでは、仕事も長続きしないと思います。IMAさんのように自分の仕事を通して人を笑顔にできれば、その仕事に対して愛着がますます高まり、自分自身も笑顔になれるでしょう。実際、IMAさんも「元々、コンプレックスがあり自信が持てない自分だったけど、この仕事をすることで自立もできたし、人の笑顔を見てワクワクして自分の仕事が好きになっていった」と言われました。

 長い人生、仕事をする年数も長くなっていきます。やはり、生きがいを感じて仕事に打ち込みたいですし、その仕事を通して周りの人を笑顔にすることが世の中を明るくすることにつながっていくと思います。マザー・テレサの言葉に「Peace begins with a smile」(平和は微笑みから始まる)、があります。某ハンバーガーチェーンのメニューにも「スマイル 0円」があります。心持ち一つで周りも自分自身も明るく人生を歩んでいけるでしょう。先日のセミナーに参加して、そんなことを感じた次第です。

 学生をはじめ若い方々も今は見つけられないかもしれませんが、「人を笑顔にする仕事とは?」と自問しながら、将来のことを考えてみてはいかがでしょうか?

 私も今の仕事で周りの多くの人が笑顔になれるよう、努めていきます!

北尾 悟

女性が輝ける持続可能な未来をコミットメント

 先日、日本キャリアデザイン学会の研究大会・総会が開催され、その特別講演を本学客員教授の白井文先生がつとめられました。このことは、すでにニュースとして本学の受験生応援サイトに掲載しました。
 「Experience never gets old~人生100年時代の生き方を考える~」というテーマで、ご自身の経験をふまえて、人材育成とキャリア形成について今後どう取り組んでいけば良いのか示唆に富むお話をされました。その中で、今後、女性が活躍していく世の中になるためには、国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)の1つである「ジェンダー平等を実現しよう」が他のすべての目標にも関連しているので重要であり、SDGsの担い手として次世代の女性のエンパワーメントを高めていく必要があると強調されました。

 我が国は世界に類をみないペースで人口減少が進んでいます。2060年には約9,300万人と現在の4分の3程度に減少するというデータもあり、さらなる高齢化と生産労働人口の減少が予想されています。生産労働人口減少への対応としては、海外からの移民を受け入れることも必要ですが、女性の就業率のさらなる向上が望まれます。2017年のOECDの調査によれば、日本の女性就業率は73.9%で加盟41カ国中26位です。若干改善されたという報告もありますが、年代と就業率のグラフからM字カーブと称されるように、結婚や出産を機に仕事を辞める女性が多い現状があります。また世界経済フォーラム2017年版の「ジェンダーギャップ指数」のランキングは114位であります。特に、経済、教育、政治の分野において諸外国に大きく後れをとっており、管理的職業従事者における女性の割合も13.2%と、アジアや欧米諸国に比べて低い現状があります。
 日本ではいまだに根強く男社会が残っており、女性が抱える困難を解決しなければならない課題としての認識度が低いなど、社会全体に大きく横たわる根本的な問題が山積しています。しかし、生産労働人口減少への取組みとして、女性の就業率を高めねばなりません。2017年時点で262万人存在する女性の就業希望者は、我が国最大の潜在的労働力です。女性の活躍が進めば、優秀な人材の確保や新たな財・サービスの創出が期待でき、経済成長にもつながります。2015年のOECDの試算によれば、女性の労働参加率が2030年までに男性と同レベルになれば、労働参加率に変化がなかった場合と比較してGDPが約20%上昇するという試算もあるようです。

 女性の活躍を推進していくには、当然のこととして男性も責任をもって関わる、つまりコミットメントが不可欠です。男女共同で働き方や教育の在り方も含めた考え方を変えていき、社会全体でワークライフバランスを重視した人生設計に基づいた女性の就業率の向上を図らねばならないと思います。生涯にわたる女性の働き方を変えるには、女性自らの生涯にわたる学び、学び直しの重要性が増してくるでしょう。これまでの教育体系とは視点や発想を転換した女性教育も必要になるでしょう。出産、育児を含めた学びやキャリアパスに関する学びをはじめとするこれまでに蓄積された教育研究資源を、さらに深みを増して教育展開していくことを、本学をはじめとする女子大学は求められていると思います。

 文部科学省の受託事業「男女共同参画のための学び・キャリア形成支援事業」がスタートし、その研究協議会の企画委員に白井先生が就任されます。今後、白井先生と情報交換させていただき、女性が輝ける持続可能な未来を創出できるよう、歩んでいきたいと思います。
 大学が社会に果たすべき役割は、「人材育成」と「知的創造活動」です。今後、大阪樟蔭女子大学は、社会に対する存在意義(ミッション・ポリシー)を提示し、その情報を地域住民をはじめとする国民に分かりやすく発信し、本学の社会で担うべき役割をコミットメントしていく必要があります。女性が輝ける持続可能な未来をつくりあげていくことが本学の使命であると考え、関西SDGsプラットフォームに参画し、2030年の目標に向かい持続可能な開発目標を支援し、その実現に向けて歩み続けます。

 ところで、コミットメントの言葉と意味が似た英単語にエンゲージメントがあります。婚約指輪のエンゲージリングの正式名称はエンゲージメントリングです。本来は婚約相手にではなく、業務上の約束を履行するためにリングを渡すことから始まったそうです。何か事を行なうための約束をする証だそうです。お互いを信頼し約束をするということです。このエンゲージメントに「責任をもつ」という意味合いを強くした言葉がコミットメントだそうです。
 決して、婚約指輪を渡すことに責任がないと言っているのではありません。誤解なきように。エンゲージメントも「深い理解と目的をもった建設的な対話」という意味が含まれています。

北尾 悟

人の役割が変わる?

 先月の地震、そして今月の集中豪雨、自然に畏怖を感じる今日この頃です。災害の影響は人の想像以上に続いており、お亡くなりになられた方とご家族にお悔みを申し上げますとともに、被災され大変困難な状況におられる皆様には、心からのお見舞いを申し上げます。
 学生の皆さんも休講の都合による補講の設定、ならびに試験日が変更となり、落ち着かないと思います。また猛暑、いや酷暑と言ってもよいくらい厳しい気候状況で体調管理も大変でしょうが、しっかりと対応してくれることを願っています。

 一般社団法人全国高等学校PTA連合会と株式会社リクルートマーケティングパートナーズが共同で「高校生と保護者の進路に関する意識調査」を行い(リクルート カレッジマネジメント210/May-June. 2018)、その設問の一つに「人工知能(AI)などの技術革新・発達は将来に影響あると思うか?」がありました。これに対して高校生の52.0%が「影響がある」と答えています。「生活が便利になる」「人手不足を解消する」「新しい仕事が生まれる」等メリットを感じている反面、近い将来、「人間の仕事が奪われる」という職業選択・雇用への影響を懸念する自由回答がありました。

 「AI(ロボット)が人間の仕事を奪う」。果たしてそうなるのでしょうか?AIに限らず技術の進展によりこれまでも人間が携わる仕事は確かに変化してきました。例えば、農機具の導入により農家の方々の作業が変わったり、自動改札機の普及によって切符切りという駅員さんの仕事がなくなり別の業務へシフトしました。昨今のロボットやコンピューターが仕事を奪うという脅威論は、これまでの技術革新・進歩とは違い、すべての仕事がなくなると捉えている人もいるようです。

 AIは、探索と推論を得意としています。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトを牽引してきた国立情報学研究所の新井紀子教授は、AIは「検索と最適化のスキルを持っていて、日々新しい情報が得られるとどんどん蓄積していく能力を有している」と、講演で話されています。私も先日、新井先生の講演を聴講したのですが、「新しい情報を蓄積する能力」がこれまでの技術の進展と大きく違うところだと感じました。一例を示しますと、田植え機が開発されたときは、ここまでは機械が行い、この部分はまだ人間がしなければならない、ということがはっきりしていました。新しい技術ができる部分とできない部分が明確に分かれていて、そのイメージは皆共通に認識していました。それに対し、AIは「新しい情報を蓄積する能力」を有することから、日々AI自身の能力が変化します。AIの情報量は新しい体験をするたびに増えていき、人間のそれをはるかに超えていき、その差は開くばかりです。このようなことから、AIができることできないことの境界がはっきりしないことが予想されます。また皆の共通認識を構築することも難しいでしょう。ですから、「人間の仕事が奪われる」というAI脅威論が高まっているのだと思います。

 ところで、AIロボット君は東大の合格圏内に達したのでしょうか?新井先生のプロジェクトでは結局、東大にAIロボット君は合格できないと結論づけました。「検索と最適化」のスキルは優れているけれど文章読解力レベルが向上しなかったとされています。膨大な情報量から複数のキーワードを検索し、それらを統合して最適と思われる解を導くことは得意ですが、問題文の内容を「理解」することは不可能だとのことです。言ってみれば、確率の高い当てずっぽう能力を備えたロボットだということです。もちろん、その確率は知識量の増加や検索し抽出した複数の事例のネットワークによる最適化作業により高まっていきますが、根本的に問われていることに対して直接的に理解し答えようとはできないということです。

 ここにAIの限界がある、裏返せば人間が人間であること、そして本当の意味での人間の仕事は何かのヒントが隠されていると思います。2045年にいわゆるAIが人間の知性を超すタイミングとして「シンギュラリティー(技術的特異点)」という言葉をアメリカのレイ・カーツワイル博士が唱えていますが、AIが指数関数的に大きく進化し、私たちの生活がどう変化するのか、予想がつかない状況になるのかもしれません。しかし、いくらAIが進化しても人間にはなれないし、人間でしかできない部分は絶対残ると私は信じています。
 今後、記憶や検索、そしてグループ化や最適化に関してはAIに任せ、そうでない分野を人間が担うようになるでしょう。よくよく考えてみると、AIが得意な分野は人間には不得意な分野であり、この分野を人間が担おうとすると結果的には、これまでの単純作業や決まり切ったルーチンワークの域でしかなかったと思います。また、ほんとうに単純な作業やルーチンワークは今後の人手不足と相まって、どんどんAIロボットに置き換わるでしょう。もっともAIを使わなくても済むことかもしれませんが。そう考えると、人間は単純労働から解放され、付加価値の高い創造的な活動に時間を費やすことが可能だということを示しています。ただし、これまでは決まった作業をしていれば労働の対価(お金)がもらえた時代から、自ら能動的に付加価値を創造できる活動をしないとお金がもらえない、生活できない時代へと変化していくことを意味しているのかもしれません。前向きに考えて、AIの進歩により新たな仕事が生み出される可能性もあります。人間が行う仕事のキーワードは「コミュニケーション能力」ではないかと思います(これまでの「学長だより」を読んでいただければと思います)。この能力はAIでは修得できないからです。

 繰り返しになりますが、将来、人間の仕事のある部分はなくなる、つまり、AIロボットが得意とする分野に関する仕事がなくなるでしょう。ただAIではできない部分、それはなくならない、いやこれからの世の中、新しい仕事が生まれてくるでしょうし、求められる仕事の質が変わるでしょう。人の役割が変わります。これから生きていくためにはどうすれば良いか?学生の皆さんには学生時代にこのことを真剣に考えてもらいたいですし、大学もサポートできる環境を備えていかねばならないと思います。人生100年時代、生き抜く考え方を大学で身につけてもらいたい、いや学生時代に身につけられなくても、そのヒント、きっかけを掴んでほしいと思います。

北尾 悟

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