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樟蔭レポート

2015.11.21.

こんにちは。高校1年生の担任をしています増井です。

先日クラスのHRで,「私の一行」というものを取り扱いました。
これは図書イベントの一つで,今まで読んだ本の中からとっておきの一行を披露し合うというもので,内容は人ぞれぞれ。言霊の強さの程は量りかねますが,模索だらけの人生の標となりうるパワーを秘めていると私は思います。現在係の方で集約中で,出来上がりを楽しみにしています。
人生の経験が浅く,大人の庇護の下にいる幼さは,大いなる感受性を持っており,良きも悪しきも人一倍大きな影響を受けてしまうもの。この情報化された社会の中ではその情報の選択こそが重要なファクターなんですよね。

実は今日のこのタイトルは今日から公開されているある映画の中のキーワード。
大人たちから良かれと信じて伝えられていく物事に,いつしか本当を見る目が曇らされてしまい,それに盲信することへの警鐘が描かれているのですが,これがなかなかに考えさせられてしまうのです。特に私たち教育に携わる者が見るときっとまた一般とは違った感想が生まれるのではないかと思います。
人は一人一人異なる存在で得手不得手は違っているのに,同じことを同じレベルで要求するのはエゴにもなります。「これをすれば素晴らしい大人になれる」っていったいどんな事なのでしょうかね。
個々が好き勝手をするならそれはもうユニットではなくなってしまうわけで,共同生活自体が成り立ちません。その線引きは大変に難しいことで,現場では我と和が,まさに社会の縮図として具現化しているのです。
ただ,世界的にも教育の重要性は周知の事実で,負の連鎖を絶ち切るには絶対に必要なことと考えられています。
やはり意識レベルの高い集団が互いに個々の個性を認めて動くと,真に素晴らしいものができあがります。それは学生でも,です。

さてさて保護者の皆さん。どんな経験をさせ,どんな我慢をさせていくのが最良なのか。
学生の皆さん,どんな努力をし,どんな我慢をしていくのが最良なのか。
そもそもあなた方お一人お一人の想像する”素晴らしい大人”とはどんなイメージなのか。

ぜひ周りを見て,自分を見つめて探していきましょう。

私の場合,「人生の区切り区切りで,立ち止まって自身の方向を見直し,その与えられた生を終えるときに”いい人生だった”と感謝できるよう,今を疎かにせず精一杯生きる。」・・・(目一杯短くしたつもりですが,まだ長いな) とまあ,今はこんな感じです。