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樟蔭レポート

現在公開中の映画「鬼滅の刃」。公開初日が平日の金曜日であったにも関わらず、興行収入12億6872万4700円(動員91万507人)という驚異的な大ヒットを飛ばしています。すでにご覧になった人もいるのではないでしょうか?

この映画でも登場する「鬼」とは、日本古来から恐ろしいものとして様々な物語に登場しています。桃太郎や一寸法師、こぶとりじいさんなど、皆さんも子供の頃に絵本で読んだものがたくさんあるでしょう。

そもそも「鬼(キ)」という漢字の原義は「死者の魂」であると言われています。また、「おに」という読み方が定着したのは平安時代で、姿が見えないという意の「隠(おぬ)」という言葉が転じて、鬼(おに)に変化したと言われています。それまでは「もの」と呼ばれていたそうで、怨念を持った霊という意味があったそうです。ですから、人々は鬼に対して畏怖の念を抱きつつ忌み嫌う存在と思うようになっていきました。

しかし、そういった鬼のイメージを覆すような物語が1933年に浜田廣介作の児童文学として発表されます。それが「泣いた赤鬼」です。

物語のあらすじは皆さんよくご存じだと思います。

ある山奥に一人の赤鬼が住んでおり、ずっと人間と仲良くなりたいと思っていました。しかし、おいしいお菓子やお茶を用意しても、人間たちは疑い、誰も赤鬼の家に遊びに来ることはなかったのでした。

そこへ友達である青鬼が赤鬼の家に訪れ、あることを提案します。それは、「自分が人間の村へ出かけて大暴れをするから、君が僕をこらしめるんだ。」というものです。そして、青鬼が村人を襲い、赤鬼が青鬼と戦い村人を守るのでした。そのおかげで、赤鬼は人間と仲良くなり、村人達は赤鬼の家に遊びに来るようになったのでしたが、親友である青鬼が全く訪ねて来なくなりました。

それから赤鬼は、青鬼の家を訪ねるのですが、戸に貼り紙があって、「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です。」と書かれていました。

赤鬼は何度も読み上げ、涙を流したのでした。

大きくなってからこの本を読み返すと、考えさせられることがたくさんあると思います。

「友を失ってまで自分の望みをかなえていいものなのか?」

「演技で築いた人間と鬼との関係は長続きするものだろうか?」

「本当に大切なものは失ってから気づくものなのだろうか?」

知っている物語でも深く考えられるようになるということは、それだけ心が成長したということだと思います。

読書の秋。昔読んだ本をもう一度新しい視点で読み返してみてはいかがでしょうか?

 

荒金 諭