大阪樟蔭女子大学公式サイト 学長だより 北尾悟

ゾーンに入る

学長  北尾 悟

 立秋も過ぎ、暦の上では秋となりましたが、連日猛暑が続いています。この暑さの中、日本選手の頑張りもあり盛り上がったTokyo2020オリンピックが閉幕しました。コロナウイルス感染が拡大する中、賛否両論がありましたが、まずは、競技された選手の皆さんの活躍に感謝するとともに、運営に携わった方々に敬意を称したいと思います。

 オリンピックでは多くの競技で熱戦が繰り広げられましたが、私が注目した競技はアーチェリーでした。大学では体育会アーチェリー部に所属していましたので、テレビ観戦しているうちに当時のことが思い出されました。
 大学入学前年のオリンピックで日本選手が初めてメダルを獲得しましたが、世間ではどちらかと言うとアーチェリーはマイナーな競技でした。世間知らずでボーっとしたタイプだった私は「競技人口が少ないからすぐに全日本クラスになれる、ひょっとしたらオリンピックも!?」という先輩の甘い言葉に誘われ入部しました。しかしながら、夏にインカレの予選の応援に行った際に選手がズラーっと並び一斉に矢を射る光景を目にして、これはマイナーではない、騙されたと思いました。また前年のオリンピック銀メダリストである道永選手は両親ともにアーチェリー選手で、お父さんは世界選手権に出場した方、そして道永選手は幼少期からずーっと競技をしていたと聞き、愕然としました。
 退部しようと思ったこともありましたが、基礎体力をつけるため中長距離を走り(足腰、つまり土台がしっかりしていないと狙い通りに矢は的に当たりません)、真っすぐ右手で引き真っすぐ左肩で押し込むという射型固めの反復練習を繰り返していくうちに、短い距離ですが矢を放つと真っすぐに飛んでいく一瞬に感動し、段々とアーチェリーにはまっていきました。

 そして1年生の晩秋、3つの大学の新人だけが出場資格がある小さい規模の競技会、新人戦に出ました。この時の出だしは練習の時よりも調子が悪く、得点が伸びずおそらく全体の真ん中あたりの順位だったと思います。そして中盤あたりに差し掛かってきた時に、なぜか肩甲骨の動く感覚が変わったように思え、それから放たれた矢が気持ちよく的のど真ん中、10金(的の真ん中は金色で9点と10点に分けられ、10金は10点の金的のこと)に刺さるようになりました。その後、放った矢は10金に吸い込まれていくという感覚になり、いつの間にか競技が終わっていました。後半の競技中の記憶は今も思い出せません。気がついたら周りから「6位入賞したよ、おめでとう」と言われました。隣で射っていた他大学の選手からも前半と後半、違う選手かと思った、とも言われました。
 今で言う「ゾーンに入った」状態だったと思います。集中力が高まり周りの景色や雑音が遮断され、自分の意識・感覚が研ぎ澄まされ、完全に自分の世界に入り込み予想以上の結果が出たのだと思います。ビジネスの世界では「フロー」という表現もあるようですが、あることに没頭し他のことが気にならなくなり、そのことがとても楽しく、普段ならかなり労力をかけないと達成できないことができる状態になることを指します。こういう状態に何度もなりたいものですが、後にも先にもこの時だけです。社会人になってから新人戦の後半の状態になって仕事に励みたいと念じてみましたが、再びこういう状態に陥ることは、それ以来残念ながらありません。

 レスリングの吉田沙保里さんはゾーンに入れないと嘆くある人との対談で「ゾーンに入ろうとするから、ダメなんです」と言っていました。つまり、ゾーンに入ろうと意識すること自体が、競技に対して集中していないことになるということです。意識してはダメなのです。無我の境地になるには、事前の準備が大事だそうです。目標を設定し練習に打ち込む。しっかりと練習を積み重ねてきたという自信が持てれば、内面(精神面)が整いリラックスした状態となり自ずと結果がついてくるとのこと。悩み苦しみながら練習に励み、愚直に継続して取り組むことが重要だということです。
 私の場合はそこまで練習したかな、とは思いますが、夏合宿から秋にかけて先輩から「腕の力で弓を引くな。背中で引け。バックテンションを意識しろ」と言われ続け、何やら「バックテンション」という言葉がやたら心地よいフレーズに感じていました。「バックテンション、バックテンション」と呟き、授業をさぼって練習に励んだことを思い出します(そのせいか、ドイツ語と情報処理の単位を落としましたが・・・)。一流選手とは比べ物になりませんが、結果として「プチゾーン」に入る準備をしていたのかな、と思います。

 一流選手は「ゾーン」または「フロー」とよばれている心理状態をうまく引き出しているようです。一般人は、そこまで達しなくても、「プチゾーン」「プチフロー」な状態になりたいものです。集中して勉強したい、仕事をしたいと思った際に、私の経験が参考にならないかもしれませんが、何か、意識をするキーワードを呟くということでも良いのではないでしょうか?結局は目的意識を持ち、やり遂げる意義を明確にして実行に移すことが重要です。そして、その行動を継続するうちに喜び、楽しみを覚えることができるのか、基本的にはリラックスした精神状態となることができるのかがポイントとなるでしょう。「プチゾーン」の状態になるには、まずは一歩前に踏み出す、小さな「プチ実行」から始めるしかないと思います。

 オリンピックは閉幕しましたが、2週間後にはパラリン20210810.jpgピックが開幕します。パラリンピックに出場する選手は今、肉体的にも精神的にも大変な時を過ごしていると思います。選手の皆さんが「ゾーン」に入り、日頃の成果を発揮することを願っています。そしてコロナ感染が落ち着くことも願って。

 我が家の柴犬は、最近に庭に出没するヤモリの姿を見たら、炎天下、執拗に追いかけ続けています。彼も「ゾーン」に入っているのかと思いきや、暑いからか時々、クールダウンしています。

ワクチン接種に思う~個人として数値をどう捉えるか?~

学長  北尾 悟

 新型コロナウイルス感染終息に時間がかかっています。ワクチン接種が急ピッチに進められていますが、緊急事態宣言は継続されています。前職のほんの数年間でしかありませんが、ウイルスを利用した研究開発に従事していた経験を踏まえ、私が最近思っていることを引き続き綴ってみたいと思います。

 コロナウイルスは生き残りをかけて変異していきます。従来株からWHOの変異株の記載方法に従いアルファベット順でアルファ、ベータ、ガンマ、・・・と変異株が増えて20株を超えています。今後も新たな変異株が出現していくでしょう。現在問題となっている変異株は、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質の一部が変化したことが分かっています。タンパク質というのはアミノ酸という物質が鎖状に連なって構成され、ある立体構造を保ち各々特有の機能を発揮します。コロナウイルスのスパイクタンパク質は、ヒトの細胞表面にあるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合し細胞内に侵入して、自身のRNA遺伝情報に基づき子孫ウイルスを大量に複製します。この複製の過程で一定の確率でミスが生じ、RNAの配列が変わります。これを変異と呼んでいます。RNAの配列が変わることはアミノ酸の配列も変わることを意味しています。アミノ酸の配列が変わるとタンパク質の立体構造も違ってきます。変異株は従来株に比べてACE2タンパクへの結合が強い、つまり感染力が高い可能性が示唆されています。立体構造が変化した結果と解釈できます。

 接種が先行している2社のワクチンは、スパイクタンパク質の遺伝情報を含んだメッセンジャーRNA(mRNA)を主成分としてヒトの体内に投与します。このmRNAはヒトの細胞の中で細胞の力を借り複製し、次々とスパイクタンパク質を作っていきます。このスパイクタンパク質は「異物」ですから、我々の体は、「異物」をやっつけようと「抗体」が作られ、結果として「免疫」が備わることになります。mRNAは不安定なので、いつまでも体内に残ることはなく分解されてしまいます。また遺伝子の中枢である核に入り込むことがないので、安全性が高いとされています。

 実は、このmRNA、従来のウイルスワクチンとはタイプが違うものです。これまでのワクチンは、例えば、はしかや風疹に対しては毒性の弱いウイルスそのものを体内に入れる「生ワクチン」あるいは「弱毒化ワクチン」と呼ばれるものや、インフルエンザのワクチンのように、鶏卵などで増やしたウイルスをホルマリン加工するなどして毒性をなくしたものを投与する「不活化ワクチン」が主流でした。今回の「mRNAワクチン」を開発したカタリン・カリコ博士は、mRNA技術を10年以上前に確立していましたが、多くの研究者や国などから見向きもされず不遇の時を過ごしたそうです。でも粘り強く研究開発を続け、日本で承認されている2社はカリコ博士の特許ライセンスを受けてワクチン開発を進め、今日に至っています。

 ウイルスはどんどん変異していくので、開発されたワクチンの効き目が心配されますが、カリコ博士は変異したウイルスの構造に対応したmRNAを合成できるので、変異株に対してより効果のあるワクチン開発は容易だと発言しています。ただ今後、どういう変異株が現れるか分かりませんので、ワクチンのバラエティーを揃えておく必要があります。同じmRNAワクチンでも各社、製造方法が微妙に違いますし、mRNAワクチン以外でも、ウイルスベクターワクチン、DNAワクチン、組換えタンパクワクチンなどタイプが異なるワクチンの開発が国内外で進んでいます。さらに、実用化に向けて加速することを願いたいと思います。

 さてワクチン接種がどれだけ有効なのでしょうか?接種が先行している2社のワクチンは、従来株に対して約95%の発症抑制効果を示したデータが公表されています。変異株に対してもほぼ同じ効果があるとの報告もあります。この95%という数値を見て、皆さん、どう思われますか?95%の効果は、数万人のボランティアを集め、試験群(ワクチン接種)とプラセボ群(生理食塩水など見た目がワクチンぽい液体を接種)の2群に分けて試験を実施した結果です。各々の群は、新型コロナウイルス感染歴の有無(正確には感染歴の無い人々と感染歴を問わない人々)に分けて有効率を計算した結果です。

 95%という数値から、ワクチン接種をすることにより感染拡大を防ぐことは明らかで、事実、接種が進んでいる国や地域などで新規感染者の数が減少している結果からも、有効な手段であると思います。世の中、社会全体として、ワクチン接種を進めていくことが重要です。現在、準備が進められている職域接種をはじめ様々な手段を早急に展開していく必要があります。

 ここで視点を変えて、ワクチン接種の有効性について考えてみたいと思います。95%という数値、100%、パーフェクトではありません。つまり、全員に効果があるわけではないということ、ひとりひとり、個人の立場で見たら、あなたには効かないこともあり得るということです。実際の臨床試験においてもワクチン接種しても発症が確認された人もいます。また稀ですが強い副作用が生じる恐れもあるということです。もっともプラセボ群においても度合は分かりませんが、副作用の事象がかなりの割合で現れる結果が出ています。誤解を与えないよう念を押して記しますが、ワクチン接種をお奨めしないということでは決してありません。しかしながら、これらのことを念頭に置いてワクチン接種に臨んでもらいたいと思います。単に表面に現れている数値だけでなく、この数値が算出された背景を理解した上で、今後、感染症に向き合っていく姿勢が大事だと思います。

20210610.jpg 数値の持つ意味、科学情報を正しく理解し考えて行動することが肝要です。そして改めて手洗い・アルコール消毒、マスクの着用など個人でできること徹底していきましょう。その上で日常生活において一番心がけたいことは、栄養バランスの良い食事を摂り、しっかりと睡眠をとって免疫力を高めることです。我が家の柴犬を見習らなければ・・・(ここ3回、同じ締めです)

令和3(2021)年度 入学式式辞

DSC_7869[2997] 学長(金田).JPG 本日晴れて大阪樟蔭女子大学大学院ならびに大阪樟蔭女子大学に入学された新入生の皆さま、ご入学おめでとうございます。今年は一足先に桜が満開となりましたが、季節はいつものように移ろいでいきます。そのような中、すべての教職員とともに、皆さまの入学を心から歓迎いたします。
 そして、皆さまを今日まで育て、勉学を支えてこられたご家族をはじめ関係の方々にも、心よりお慶びを申し上げます。願わくは、この同じ空間で一緒にお祝いしたかったところですが、コロナウイルス感染終息の見通しが立たない状況が続いており、ライブ配信で視聴となったことにご理解いただきたいと思います。

 学校法人樟蔭学園は、1917年、大正6年に設立された樟蔭高等女学校がその歴史の始まりです。創立以来100年を超える伝統とともに歩みを刻んでいます。また、大学も1949年の開学以来、70年を超える歴史を有しています。「現代社会の進歩に対応し得る高い知性と豊かな情操を兼ね備えた社会に貢献できる女性の育成を目指す」という学園の建学の精神が、100年経った今でも色褪せることなく受け継がれています。この間、10万人を超える卒業生を社会に輩出し、多くの方々が様々な分野で活躍されています。時代が移りかわり、今後AIをはじめ先端技術が高度化し、社会のあり様が大きく変化しようとも、樟蔭で培ってきたこの精神は、これからも自信をもって評価されるべきものだろうと思います。
 そして、次の時代に向けて皆さまと共に、これからの新しい樟蔭の物語を作っていきたいと思います。

 さて、このコロナ禍の現状、行動に制限がある中、活用されるのがソーシャル・ネットワーキング・サービス、SNSです。時間や場所などの制約がなく、気軽に相手にメッセージを送ることができます。皆さまも何らかのSNSを利用しているでしょう。便利ではありますが、表現に十分注意を払わねばならない側面があります。対面での会話とは違い、SNSだと言葉や文章が画面に残ります。絵文字も含めてほんの何気ない表現と思って送信しても、受け取る相手にとっては、非常に重く感じることもあります。面と向かっていたら相手の表情が分かり、言い直したり、修正したり、また場合によってはニュアンスを変えて伝え直すことができます。しかしSNSでは、相手がどう受け止め感じているのか分からないことも多く、誤解を与えたり与えられたりします。タイミング良く訂正することも難しいので、より慎重に対応しなければなりません。その配慮を欠いてしまうと、場合によっては誹謗中傷となり、思いもよらない不幸を招くこともあるのです。相手との接し方をどうするのか、考える必要があります。これは日常生活についても同じなのですが、この機会に今一度、考えてみませんか。
 そこで私から、皆さまに学生時代に心がけてほしい2つのポイントを伝えます。

 まず、一つ目として相手の立場に立って考える習慣を付けましょう。誤解を生じることなく情報交換を行うには、送り手は受け手である相手のことを理解しなければなりません。少しでも相手の立場に立って考えなければ、その人のことを本当に理解することはできません。もし自分が相手の立場だったら、この文章表現を見たら、どう思いどう感じるか、をイメージするだけでも構いません。相手を思いやることで相手を傷つけることが少なくなります。こういう習慣や意識付けが、情操や品性を養うことになります。

 次に、二つ目として相手に誤解されないよう、表現力を身に付けましょう。それには多くの文章表現に接することが一番です。読書です。本を読むことによって自分が知らない言葉や表現を吸収できます。文章を追うことにより、様々な人に出会い、様々な場所を旅し、様々な考えを知ることができます。読書を通して、異なる価値観や世界観を知り、相手の立場を思いやることになるでしょう。読書を通して知性を養うことになります。
 この二つのポイントは、SNSで表現し伝える時だけに必要なことではありません。人と人とのつながりである日常生活を送る上でも大事なポイントです。

 大阪樟蔭女子大学は、2030年に向けたグランドデザインを提示しました。そのスローガンは、「美(知性・情操・品性)を通して社会に貢献する~美 Beautiful 2030~」です。先ほど示した2つのポイントは、知性の美、情操の美、そして品性の美を兼ね備えていることに繋がります。外見上だけではなく、むしろ内面から醸し出される美しさとなり、その美しさを通して社会に貢献する人を多く送り出すことが私たちの究極の目標です。それが「樟蔭美」なのです。

 皆さまの大先輩の田辺聖子さんは、「相手が気難しそうで分かってもらえなさそうな時ほど、どんな言葉を使って、どうしたら分かってもらえるかを考えると、ワクワクする」と言っていたそうです。

 田辺聖子さんの域まで到達することは中々難しいですが、相手を思いやり、豊富な読書を通して自分の価値観、世界観を養うよう心がけていくと、「美 Beautiful」な学生生活を送ることができるはずです。私たち教職員一同も、様々なプログラムを準備しサポートしていきます。有意義な学生生活となるよう新入生の皆さまにエールを送って、私の式辞の結びといたします。

 皆さま、ご入学、まことにおめでとうございます。

image14.jpg令和3年4月1日
大阪樟蔭女子大学 学長
北尾 悟

令和2(2020)年度 学位授与式 式辞

20210314.jpg 令和2年度の学位授与式を挙行するにあたり、大阪樟蔭女子大学の教職員を代表して大学院修了生ならびに学部卒業生の皆さまに式辞を述べさせていただきます。本来であれば、「学位取得、おめでとう」と祝いの言葉を表すところですが、敢えて今日は申しません。なぜなのか、私の式辞を聴きながら考えていただければ幸いです。

 しかしながら、今年度は新型コロナウイルス感染終息の見通しが未だ立たない状況下、皆さまおひとりおひとりのご努力を称えるとともに、皆さまの学生生活を陰ひなたになって支えてこられたご家族をはじめ関係の方々に深く敬意を表します。そして、集まる人数を絞った形式で学位授与式を挙行することになり、皆さまの思い描いていた式とは異なることについては、大変申し訳なく思っています。

 皆さまの学生生活最後の1年間は、ウイルス感染拡大の中、授業はもちろんのこと、自粛という名のもと、日常生活も変わり、ニューノーマル、新常態という言葉もよく耳にするようになりました。良かったことも中にはあったかとは思いますが、どちらかと言うと以前と異なる状況に、不自由さ、違和感や閉塞感に苛まれた人も多かったでしょう。しかし、ウイルス感染がたとえ完全に治まったとしても、今後は以前のような日常生活に戻ることはありません。この1年の経験を通し残るものもあり、違う新常態が現れる可能性が高いと思っていた方が良いでしょう。

 皆さまはこの4月から新たな気持ちで次なる人生のステージを歩み始めます。これからの世の中、前とは異なる新常態に出くわす局面となった時、それを前向きにチャンスと捉えられれば良いのですが、逆に違和感などを覚え、日常生活に変調を来たすこともあるかもしれません。違和感を持つこと自体はむしろ正常な感覚ですが、その違和感を引きずって生活することは避けたいものです。どうすれば違和感を解消し行動できるのか?私が普段から思っていることを述べたいと思います。

 まず何に違和感が抱くのかを明らかにし、それを自分なりに解消する材料となる様々な知識や技術などの情報を集めるのです。これが「学び」というものです。そして、得られた情報を基に自分に「問う」、そして答えを見つけていくという姿勢が大事です。「学び」「問う」、まさしく「学問」です。

 皆さまは各々の専攻、学科において「学問」を修め、本日、学位記が授与されました。「学問」を修得する術を身に付けたのですから、今後は幅広い領域にも応用して「学問」してください。情報を基に問い続け、自分で答えを見つけていく姿勢を続けていくと、自分の価値観、物差し、羅針盤となる自分軸を形成していきます。これからの世の中、自分軸をしっかりと持つことで、様々な困難に直面しても、ぶれずに自分で人生を切り拓いていけるはずです。最近、「違和感」をキーワードとするテレビ番組がありますが、是非、違和感を持ち学問を続けてください。

 冒頭、祝う言葉を申さないという意味が分かりましたか?そうです。少しでも違和感を持って聴いてもらいたかったからです。今日この日は1つの区切りではあるのですが、これからの長い人生をどう歩んでいくのか、これこそが大事なのです。

 今年の大河ドラマの主人公である渋沢栄一の言葉に「四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」があります。人生100年時代、違和感を持ち、学問を続け、前向きに人生を歩んでください。この姿勢が、内面の美しさを形づくります。まさしくグランドデザイン「美(知性・情操・品性)を通して社会に貢献する」に繋がります。ひとりひとりが美しい花を咲かせてください。応援します。皆さまにエールを送って式辞を結びます。

mokuren2021.jpg令和3年3月14日

大阪樟蔭女子大学 学長 北尾 悟

変異ウイルス~多様性を考える~

学長  北尾 悟

 令和3年も早、2カ月が過ぎようとしています。新型コロナウイルスの新規感染者数が減少してきたとは言え、自由に行き来し会食が出来るようにはなっていません。変異ウイルスの感染も多くの地域で確認され、今後、益々、ワクチンや抗ウイルス薬の開発が急がれます。
 前回に引き続き、前職のほんの数年間でしかありませんが、ウイルスを利用した研究開発に従事していた経験を踏まえ、私が最近思っていることを綴ってみたいと思います。

 現在、ワクチン接種のニュースが頻繁に流れています。ワクチンは、人間にとって異物である病原体をわざと接種し、体内で抗原抗体反応させ抗体を作り、免疫力を付けさせるものです。今回日本でまず導入が計画されているワクチンは、コロナウイルスの遺伝情報を基につくったメッセンジャーRNAが人間の細胞の仕組みを利用してウイルスの表面にあるタンパク質を作らせるという原理に基づいて製造されています。このタンパク質が抗原となり免疫反応を誘導して抗体ができるのです。
 このように病原体を体内に入れることになるので、有効性や安全性(副作用)が気になるところです。今回の新型コロナウイルスに限らず、ウイルスワクチンの開発では臨床試験が行われ、有効性や副作用などに関するデータを多く集め、審査が行われます。データの中には、効果がない、あるいは副作用を疑う事例も出ていますが、統計処理を行い有効かそうでないかの検証を行い、併せて専門家による評価を得て承認されます。メリットとデメリットを天秤にかけ、留意すべき点を明確にして判断が下されます。
 有効性に関しては海外での治験例が蓄積されていますので、効果があるとは思います。ただ、今後、変異したウイルスに対して今のワクチンで効果があるのか、注視していく必要があるでしょう。某メーカーのワクチンでは、変異ウイルス罹患者の体内でも抗体がつくられたと発表されています。ただ今後、新たな変異株が出現した場合、有効性がどうなのか?要は、ワクチンに提示している抗原と変異ウイルスの抗原が同じであり、その抗原に対する抗体が我々の体内でつくられ免疫力が付いてくれれば良いのです。
 副作用に関しては異物である病原体をわざと接種すると記述したように、当然、何らかの症状が現れると認識した方が良いと思います。多くの人は軽い症状で治まりますが、海外ではまれに急性アレルギー反応が発生したことが報告されています。重いアレルギーのある方は医師とよく相談された方が良いでしょう。


 ところで、なぜウイルスは変異を起こすのでしょう?ウイルスの立場になって考えてみれば容易に想像できます。それはサバイバル、生き残りを図っているからなのです。1つの系統だけでは環境の変化が生じた際にその種は全滅してしまいます。環境には自然環境もありますが、ウイルスにとって対人間でいえば、ワクチンや薬の出現が環境の変化を意味しています。ですから有効なワクチンや薬が開発されても、それに耐えうる新しいタイプのウイルス、つまり変異が起これば生き残る訳です。病原菌など細菌と抗生物質との関係も同じです。タイプの異なる多くのレパートリーを持っていれば有利になるのです。そういう意味でウイルスには多様性が必要なのです。
 対して、我々人間も多様な対抗策が求められます。様々なタイプのワクチンや抗ウイルス薬の開発が必要です。インフルエンザウイルスのワクチンも流行するタイプを予想して製造されています。新型コロナウイルスに対しても、違う種類のワクチンの開発が進んでおり、また既に実用化されている他のウイルスに対する薬での治験も蓄積されてきています。できればウイルスのライフサイクルのある過程をピンポイントで攻撃し、そのポイントが変異ウイルスでも保持され共通していることが望まれます。つまり作用機序の汎用性があれば少ない治療手段で済むからです。しかしながら様々なタイプのワクチンや薬を準備するに越したことはありません。ウイルスに対して人間側からは策の多様性が必要です。

 新型コロナウイルスに関して思うところを記しましたが、ここでも最近よく耳にする言葉、多様性が出現しました。生物の世界でも多様性が重要です。専門性が高くなるので簡単に触れますが、免疫反応に関して、多様な抗原に対して多様な抗体がつくられ、その抗体の多様な働きにより我々は免疫を有し生存しています。ちなみに生物は免疫グロブリン遺伝子の再構成という現象により多様な抗体をつくりだしています。ここでも多様性がキーワードです。この現象を発見し遺伝子レベルで解明されたのが利根川進博士です。1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞されています。

 多様な側面を認識した上で、科学情報を正しく理解し考え行動することが肝要です。その上で日常生活において一番心がけたいことは、栄養バランスの良い食事を摂り、しっかりと睡眠をとって免疫力を高めることです。我が家の柴犬を見習らなければ・・・・(前回と同じ締めです)

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