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樟蔭レポート

社会科の卒業論文

 

中学3年生の時に社会科の授業で「卒業論文」というものに取り組んでいる。卒業論文は公民、歴史、地理の集大成として自分でテーマを決め、調べ、考え、研究し、それをまとめる中学最後の取り組みである。目標として、次のことが挙げられる。

第一は社会問題に目を向け関心を持つこと。

第二は自主的学習意欲を持つこと。

第三は科学的かつ論理的な思考力を発展させること。

 

原稿用紙で5枚以上、多い生徒は20枚書き上げる。それは、大学で行うものに倣って中学の卒業を前に、レポートとして提出する。テーマが決まると資料集めをし、資料をもとに自分の主張や意見をまとめていく。論文は3学期の成績にも評価され、いくつかの優秀作は活字で綴じて卒論集として残している。

 

昨年の卒業論文では各自いろいろなテーマが選ばれた。震災、温暖化、原発、体罰、いじめ問題、TPP, 裁判員制度、社会保障制度と問題、アフリカの飢餓、医療問題、などさまざまであるが、なかでも災害や環境、教育問題には多くの関心が集まっていたようである。これらはその時代の出来事を反映しているし、生徒の社会への関心の現れでもある。読みながら彼女たちの世の中への感覚の鋭さにあらためて驚く。

 

最近では資料が昔に比べ本や新聞などで収集するよりパソコンから即座に膨大なデーターが手に入るようにもなってきている。安易ではある反面、情報の洪水のなかで本当に必要なものを探し出すことが難しくなってきている。加えて近年子どもの活字離れが進み、客観的に考えを論理立てて文章化することが苦手な生徒も多くなってきている。作文でもなくメールでもない文章を作成するのは時間のかかる作業であり、かなり忍耐強い努力が求められる。

 

生徒の論文の一部をいくつかを紹介する。

 

3年K組のAさん  テーマは「Wonderful おにぎり」

おにぎりとおむすびの歴史を調べた。(主要参考文献は『命を養う食、森のイスキア』佐藤初女)

 

「・・・・ 地域的には西日本では「おにぎり」東日本では「おむすび」とよんでいる。語源は米を握り固めたものがおにぎりで、わらで巻いて運搬しやすくしたものがおむすびという説がある。昔日本人は山を神格化しその神の力を授かるために山型の三角形を作ったという説がある。・・・おにぎりは「鬼を切る」という言葉から魔除けの効果があるという説もあり、鬼退治には握り飯を投げつけたという民話もある。

・・・東日本大震災の時に避難してきた人が炊き出しのおむすびを食べたら力が出てきたという話や、ニューヨークの同時テロの時にも、恐怖と不安で祈ることもできない人々の中で「おむすびをみんなでむすびましょう。とご飯を炊き、みんなで一緒にいただいたら、こころおだやかになったんです。」自分のことを思ってくれる人がいるというのが、食べ物を通して伝わって心の扉が開くのであろう。」

最後に、

おいしくご飯が食べられたとき、それはエネルギーとなって細胞にしみわたり、元気が出て来るのだ。今回の卒論を通じて私はますますおにぎりのことが好きになった。

・・・・と「むすんで」いる。

 

3年R組のNさん テーマ「田原城と田原レイマン」

四条畷の自宅の近くに田原城跡があり、城主は歴史の教科書や文献にもあまり載ってない人物だがその城主について調べてみた。 (主要参考文献は『四條畷市史』)

 

「 田原城主は田原レイマンと呼ばれる人で、かつて繁栄した河内のキリシタンであった。信長の入京後は飯盛山の落城と共に田原城の役目も終わったことから、この田原レイマンが最後の城主であったと考えられる。おそらく田原の領民たちもキリシタンであったろう。時代は信長⇒秀吉⇒家康と天下人が変わる中でキリシタン弾圧が強化されていった。禁教令が発令されると墓碑が発見されることを恐れ、土抗を掘りそれを土中に隠したと思われる。最近これが発掘され、大阪府の指定文化財となり注目されるようになり、四條畷市民族資料館に展示された。・・・・」

 

卒論を書き終えてあとがきに、次のように述べている。

「・・・・私にとって歴史は遠い存在だったが、我が家の近くでの出来事だったため、身近に感じることができた。たまたま菩提寺が私の母方と同じであったことで、身近に感じられた。調べていくうちに実はご先祖が隠れキリシタンだったということもありうるかもしれない。これからも新たな発見があるだろう。今後もいろいろと調べていきたいと思う。」

 

3年R組Nさん テーマ  「日本の女子教育と求められる女性像」

この生徒は男女共学の高校が増えてきている現状を分析し、男女別学の学校の存在の意味や女子教育のあり方について調べ、本校で学んでいる自分の問題も客観的に捉えて論述している。(主要参考文献は『学制百年史』文部科学省)

あとがきでは次のように述べている。

 

「・・・ このテーマにして、社会が求めている女性とはどんな女性なのか、そしてその女性に近づくために女子教育の中で何を学び、どうすごすべきなのか、自分なりの答えを見つけ出すことができた。

本論第三章で述べたように、現代とこれからに求められる女性とは『どんな境遇にも自身の能力は十分に発揮し、新たな価値を創造することができる人』」であると思う。そしてそれに近づくためには、世界の社会の流れから、今日起きた事件、施行される法律、地球環境問題、自然のことなどもたくさん知らなければならない。自分自身のことを知ろうとし、考え、『自分とはこのような人間なのだ」と分かろうとすることで、どんな時に自分の能力が十分に発揮できるかなども分かる。そして、視野を広げることで自分の能力を発揮できる時が増える。

新たな価値を創造するためには、時代の流れに敏感になり、考えなければならない。たとえば、携帯電話。これが消費者ニーズの多様化・移り変わりをとてもよく表しているといえよう。スマートフォンの市場の拡大によって社会に、生活に、人にどのような影響を与えたか。そして、人はこれからどうなるのか。なにを求めるのか。

漠然とでもいい。漠然とでもいいから考えて、自分の答えを見つけなくてはならない。

今回、このテーマにして本当によかった。どの時代にも必要な『学び、考えること』の大切さに気付いたからだ。樟蔭で過ごす高校の三年間、一日も無駄にしないようにたくさん学び、考えていきたい。・・・・・」

 

 

卒業論文の取り組みの過程で、生徒諸君が持つ時代への感性の鋭さを感じる。これからも自ら学んだことを通して世の中を見てみよう。学ぶことによって人々の平和と幸福を求めて何かを変えていくこと、自己中心的な考えや偏見から「卒業」して広い視野に立って世界の平和や人の生き方を探求し続けること、そのなかで自分にできることをさらに一歩進めてほしい。卒業論文は本物の勉強へのスタートラインである、という気持ちで取り組んでほしいと思う。

卒業論文には生徒たちへのそういうエールの思いが込められている。

社会科  三藤亮介