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樟蔭レポート

何やらタイトルが團伊玖磨さんの『パイプのけむり』めいてまいりましたが、昨年度の9月末と12月中旬に投稿したヘルプマークに関する記事の続編です。

前回12月の記事で私は、「その後ヘルプマークを身に付けていらっしゃる方にお目にかかれていません。」と書きましたが、今夏試合の引率で関東方面に行った際、ポスターその他でのヘルプマークのアナウンスを随分と目にしました。先ずは、こういった運動があることそのものを知って頂くことは、何よりも大事なことだと思えました。

ところで、この1学期の終わり頃でしょうか、とうとう「生ヘルプマーク」を目撃しました。(「まぁ、そんなに過剰に反応しなくとも、私は既に見たことがあるわよ。」とお感じの向きの方がいらっしゃれば、お許し願います。)なんとそれは、本校の生徒の一人でした。思わず「見せて、見せて。」と言いながら、触らせてもらうと、想像していたよりズッと上質なプロダクト感があり、「これなら身近に所持していても悪くはないな。」と思わせる出来でした。

彼女がどういった事情でそれを所持しているかは、ここでは必要のないことなので省きますが、それを巡って通学途中で少し不快な思いをする事があったそうです。その経験を通じて「自分に出来ることは何だろう。」と考えた彼女は、以前私が本ブログにヘルプマークのことを書いていたことを思い出し、私のところに少し相談しにきた結果、私も実際のヘルプマークを目にする機会に恵まれた訳です。

「人間の善意」の存在は、誰にも疑いようのないものでありましょう。しかし、それがどのように発動したり、見え隠れしたりするかは、難しい問題です。そのことを踏まえて、冒頭の段落では、敢えて「運動」という表現を取らせて頂いた次第です。次回の機会では、もう少し本校の生徒の経験を具体的に紹介しながら、ヘルプマークにまつわる問題をお話し出来れば幸いです。

キャリアサポート(CS)クラス担任

廣畑 尚