ウイルス変異!~正しく恐れよう~
2020年12月26日
新型コロナウイルスの感染拡大が収まる気配を見せません。しかも最近のニュースではイギリスで感染力が増したコロナウイルスが確認された、と報道されました。ウイルスが変異したようです。
前職の20歳代後半の数年間、ウイルスを利用した研究開発に従事していました。一般の人々よりウイルスに関する知見があるので、コロナウイルスについて私が最近思っていることを綴ってみたいと思います。ただ私が研究材料に用いたウイルスは、バクテリオファージと呼ばれある特定の細菌に感染するタイプで、コロナウイルスとは異なり人には毒性がないものを扱っていたことを最初にことわっておきます。
コロナウイルスはRNAに遺伝情報が刻まれているタイプのウイルスです。インフルエンザウイルスも同じで、一般にRNAウイルスと呼ばれています。このRNAウイルスは、RNAをウイルス粒子の中にもち、自分自身のコピー(子孫)を増やして生き延びていくのです。一般にウイルスは単独で生存することができません。ヤドカリが貝殻を自分のすみかにするように、ウイルスは宿主というある生き物の細胞の機能を巧妙に利用して子孫を増やし、その細胞から飛び出し別の細胞に侵入し子孫を更に増やすというサイクルを繰り返し増殖していきます。今回の新型コロナウイルスは感染しても症状が現れない、あるいは遅れて現れるようで、これまでのウイルスとは違うと言われています。ヒトの肺細胞などに侵入後のライフサイクルが従来のウイルスとは異なるのかもしれません。
また報告されている変異コロナウイルスは、ウイルスが細胞に侵入時に肺細胞などの表層に吸着する際に重要な役割を果たす粒子表面に突き出たスパイクタンパク質が変異したと言われています。感染力が増したということは、吸着力が強まっている可能性があります。今後、研究の進展が望まれます。
RNAは1本の鎖状の構造をしています。ヒトはじめ多くの生物は、RNAではなく2本の鎖構造のDNAに遺伝情報を保存しています。変異とは、RNAやDNAの構造が変わることであり、遺伝情報に基づく表現(今回のケースでは感染力が強くなった)も違うようになることです。2本より1本の構造のほうが、何か環境が異なることで変化しやすいことが容易に想像できます。
さて感染拡大を防ぎ、平穏な日常を送るためには、ワクチンや抗ウイルス薬の開発が望まれます。まずワクチン開発が先行していますが、イギリスなどで既に始まっている某製薬企業のワクチンは、メッセンジャーRNA(mRNA)と呼ばれこれまでとは違う仕組みのものです。従来のワクチンは毒性を弱めたウイルスやウイルスを構成するタンパク質を投与するものです。mRNAワクチンはウイルスの遺伝情報を基に作製したmRNAを使い、体内でウイルスタンパク質を作らせ免疫反応を誘導して抗体ができるという仕組みになっています。大量生産しやすいメリットはありますが、RNAなので構造が変化しやすく、マイナス70℃の超低温で保管流通する必要があります。国内外の製薬企業はmRNAとは違う仕組みのアプローチも含めて様々なタイプのワクチン開発が進められています。安全性などを長期的に確認することも必要なので、一般に広く接種できるようになるには、もう少し時間がかかるでしょう。
また、抗ウイルス薬の開発も進行しています。こちらはウイルスのライフサイクルのある過程に絞って、ウイルスの増殖をピンポイントで抑え治療を行うというものです。これまで開発されたインフルエンザやエイズウイルスに対する抗ウイルス薬も同じ発想で作られています。薬の投与は副作用に注意をしなければなりません。ウイルスだけを攻撃して宿主であるヒト細胞には影響を及ぼさなければ良いのですが、なかなかうまくはいきません。体内に侵入したウイルスは宿主であるヒトの細胞のシステムを老獪に利用しているので、ウイルスのみを選別して作用する薬を開発するのが難しいのです。各研究機関において、ヒトが持っていないウイルス特有のライフサイクルのシステムに着眼し、ウイルスのみを選択して副作用がなく効能の高い医薬品開発にしのぎを削っているとの情報もあるので、研究開発が進むことを願いたいと思います。
なにやら講義めいた内容となりました。なるべく科学になじみの薄い人にも読んでいただけるよう表現したつもりですが、ついつい専門的になってしまい、実は7回、この駄文を書き直しました。自分の文章表現の拙さもありますが、多くの人たちに理解してもらうのは難しいですね。
新型コロナウイルス粒子には周りにエンベロープという脂の膜があります。インフルエンザウイルスも同じです。アルコール溶液(エタノール濃度70~80%)の消毒がこれらのウイルスに有効とされているのは、アルコールが脂の膜に作用しウイルス粒子を破壊するからです。科学情報を正しく理解し、その情報に基づきリスクを考えながら行動する、つまり「正しく恐れる」ことが肝要かと思います。
しかし一番心がけたいことは、栄養バランスの良い食事を摂り、しっかりと睡眠をとって免疫力を高めることです。我が家の柴犬を見習らなければ・・・・
穏やかな年末年始を過ごされることを祈っています。
2020年12月26日
学長 北尾 悟