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変異ウイルス~多様性を考える~

2021年2月26日

学長  北尾 悟

 令和3年も早、2カ月が過ぎようとしています。新型コロナウイルスの新規感染者数が減少してきたとは言え、自由に行き来し会食が出来るようにはなっていません。変異ウイルスの感染も多くの地域で確認され、今後、益々、ワクチンや抗ウイルス薬の開発が急がれます。
 前回に引き続き、前職のほんの数年間でしかありませんが、ウイルスを利用した研究開発に従事していた経験を踏まえ、私が最近思っていることを綴ってみたいと思います。

 現在、ワクチン接種のニュースが頻繁に流れています。ワクチンは、人間にとって異物である病原体をわざと接種し、体内で抗原抗体反応させ抗体を作り、免疫力を付けさせるものです。今回日本でまず導入が計画されているワクチンは、コロナウイルスの遺伝情報を基につくったメッセンジャーRNAが人間の細胞の仕組みを利用してウイルスの表面にあるタンパク質を作らせるという原理に基づいて製造されています。このタンパク質が抗原となり免疫反応を誘導して抗体ができるのです。
 このように病原体を体内に入れることになるので、有効性や安全性(副作用)が気になるところです。今回の新型コロナウイルスに限らず、ウイルスワクチンの開発では臨床試験が行われ、有効性や副作用などに関するデータを多く集め、審査が行われます。データの中には、効果がない、あるいは副作用を疑う事例も出ていますが、統計処理を行い有効かそうでないかの検証を行い、併せて専門家による評価を得て承認されます。メリットとデメリットを天秤にかけ、留意すべき点を明確にして判断が下されます。
 有効性に関しては海外での治験例が蓄積されていますので、効果があるとは思います。ただ、今後、変異したウイルスに対して今のワクチンで効果があるのか、注視していく必要があるでしょう。某メーカーのワクチンでは、変異ウイルス罹患者の体内でも抗体がつくられたと発表されています。ただ今後、新たな変異株が出現した場合、有効性がどうなのか?要は、ワクチンに提示している抗原と変異ウイルスの抗原が同じであり、その抗原に対する抗体が我々の体内でつくられ免疫力が付いてくれれば良いのです。
 副作用に関しては異物である病原体をわざと接種すると記述したように、当然、何らかの症状が現れると認識した方が良いと思います。多くの人は軽い症状で治まりますが、海外ではまれに急性アレルギー反応が発生したことが報告されています。重いアレルギーのある方は医師とよく相談された方が良いでしょう。

 ところで、なぜウイルスは変異を起こすのでしょう?ウイルスの立場になって考えてみれば容易に想像できます。それはサバイバル、生き残りを図っているからなのです。1つの系統だけでは環境の変化が生じた際にその種は全滅してしまいます。環境には自然環境もありますが、ウイルスにとって対人間でいえば、ワクチンや薬の出現が環境の変化を意味しています。ですから有効なワクチンや薬が開発されても、それに耐えうる新しいタイプのウイルス、つまり変異が起これば生き残る訳です。病原菌など細菌と抗生物質との関係も同じです。タイプの異なる多くのレパートリーを持っていれば有利になるのです。そういう意味でウイルスには多様性が必要なのです。
 対して、我々人間も多様な対抗策が求められます。様々なタイプのワクチンや抗ウイルス薬の開発が必要です。インフルエンザウイルスのワクチンも流行するタイプを予想して製造されています。新型コロナウイルスに対しても、違う種類のワクチンの開発が進んでおり、また既に実用化されている他のウイルスに対する薬での治験も蓄積されてきています。できればウイルスのライフサイクルのある過程をピンポイントで攻撃し、そのポイントが変異ウイルスでも保持され共通していることが望まれます。つまり作用機序の汎用性があれば少ない治療手段で済むからです。しかしながら様々なタイプのワクチンや薬を準備するに越したことはありません。ウイルスに対して人間側からは策の多様性が必要です。

 新型コロナウイルスに関して思うところを記しましたが、ここでも最近よく耳にする言葉、多様性が出現しました。生物の世界でも多様性が重要です。専門性が高くなるので簡単に触れますが、免疫反応に関して、多様な抗原に対して多様な抗体がつくられ、その抗体の多様な働きにより我々は免疫を有し生存しています。ちなみに生物は免疫グロブリン遺伝子の再構成という現象により多様な抗体をつくりだしています。ここでも多様性がキーワードです。この現象を発見し遺伝子レベルで解明されたのが利根川進博士です。1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞されています。

 多様な側面を認識した上で、科学情報を正しく理解し考え行動することが肝要です。その上で日常生活において一番心がけたいことは、栄養バランスの良い食事を摂り、しっかりと睡眠をとって免疫力を高めることです。我が家の柴犬を見習らなければ・・・・(前回と同じ締めです)

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