ワクチン接種に思う~個人として数値をどう捉えるか?~
2021年6月9日
学長 北尾 悟
新型コロナウイルス感染終息に時間がかかっています。ワクチン接種が急ピッチに進められていますが、緊急事態宣言は継続されています。前職のほんの数年間でしかありませんが、ウイルスを利用した研究開発に従事していた経験を踏まえ、私が最近思っていることを引き続き綴ってみたいと思います。
コロナウイルスは生き残りをかけて変異していきます。従来株からWHOの変異株の記載方法に従いアルファベット順でアルファ、ベータ、ガンマ、・・・と変異株が増えて20株を超えています。今後も新たな変異株が出現していくでしょう。現在問題となっている変異株は、ウイルス表面にあるスパイクタンパク質の一部が変化したことが分かっています。タンパク質というのはアミノ酸という物質が鎖状に連なって構成され、ある立体構造を保ち各々特有の機能を発揮します。コロナウイルスのスパイクタンパク質は、ヒトの細胞表面にあるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合し細胞内に侵入して、自身のRNA遺伝情報に基づき子孫ウイルスを大量に複製します。この複製の過程で一定の確率でミスが生じ、RNAの配列が変わります。これを変異と呼んでいます。RNAの配列が変わることはアミノ酸の配列も変わることを意味しています。アミノ酸の配列が変わるとタンパク質の立体構造も違ってきます。変異株は従来株に比べてACE2タンパクへの結合が強い、つまり感染力が高い可能性が示唆されています。立体構造が変化した結果と解釈できます。
接種が先行している2社のワクチンは、スパイクタンパク質の遺伝情報を含んだメッセンジャーRNA(mRNA)を主成分としてヒトの体内に投与します。このmRNAはヒトの細胞の中で細胞の力を借り複製し、次々とスパイクタンパク質を作っていきます。このスパイクタンパク質は「異物」ですから、我々の体は、「異物」をやっつけようと「抗体」が作られ、結果として「免疫」が備わることになります。mRNAは不安定なので、いつまでも体内に残ることはなく分解されてしまいます。また遺伝子の中枢である核に入り込むことがないので、安全性が高いとされています。
実は、このmRNA、従来のウイルスワクチンとはタイプが違うものです。これまでのワクチンは、例えば、はしかや風疹に対しては毒性の弱いウイルスそのものを体内に入れる「生ワクチン」あるいは「弱毒化ワクチン」と呼ばれるものや、インフルエンザのワクチンのように、鶏卵などで増やしたウイルスをホルマリン加工するなどして毒性をなくしたものを投与する「不活化ワクチン」が主流でした。今回の「mRNAワクチン」を開発したカタリン・カリコ博士は、mRNA技術を10年以上前に確立していましたが、多くの研究者や国などから見向きもされず不遇の時を過ごしたそうです。でも粘り強く研究開発を続け、日本で承認されている2社はカリコ博士の特許ライセンスを受けてワクチン開発を進め、今日に至っています。
ウイルスはどんどん変異していくので、開発されたワクチンの効き目が心配されますが、カリコ博士は変異したウイルスの構造に対応したmRNAを合成できるので、変異株に対してより効果のあるワクチン開発は容易だと発言しています。ただ今後、どういう変異株が現れるか分かりませんので、ワクチンのバラエティーを揃えておく必要があります。同じmRNAワクチンでも各社、製造方法が微妙に違いますし、mRNAワクチン以外でも、ウイルスベクターワクチン、DNAワクチン、組換えタンパクワクチンなどタイプが異なるワクチンの開発が国内外で進んでいます。さらに、実用化に向けて加速することを願いたいと思います。
さてワクチン接種がどれだけ有効なのでしょうか?接種が先行している2社のワクチンは、従来株に対して約95%の発症抑制効果を示したデータが公表されています。変異株に対してもほぼ同じ効果があるとの報告もあります。この95%という数値を見て、皆さん、どう思われますか?95%の効果は、数万人のボランティアを集め、試験群(ワクチン接種)とプラセボ群(生理食塩水など見た目がワクチンぽい液体を接種)の2群に分けて試験を実施した結果です。各々の群は、新型コロナウイルス感染歴の有無(正確には感染歴の無い人々と感染歴を問わない人々)に分けて有効率を計算した結果です。
95%という数値から、ワクチン接種をすることにより感染拡大を防ぐことは明らかで、事実、接種が進んでいる国や地域などで新規感染者の数が減少している結果からも、有効な手段であると思います。世の中、社会全体として、ワクチン接種を進めていくことが重要です。現在、準備が進められている職域接種をはじめ様々な手段を早急に展開していく必要があります。
ここで視点を変えて、ワクチン接種の有効性について考えてみたいと思います。95%という数値、100%、パーフェクトではありません。つまり、全員に効果があるわけではないということ、ひとりひとり、個人の立場で見たら、あなたには効かないこともあり得るということです。実際の臨床試験においてもワクチン接種しても発症が確認された人もいます。また稀ですが強い副作用が生じる恐れもあるということです。もっともプラセボ群においても度合は分かりませんが、副作用の事象がかなりの割合で現れる結果が出ています。誤解を与えないよう念を押して記しますが、ワクチン接種をお奨めしないということでは決してありません。しかしながら、これらのことを念頭に置いてワクチン接種に臨んでもらいたいと思います。単に表面に現れている数値だけでなく、この数値が算出された背景を理解した上で、今後、感染症に向き合っていく姿勢が大事だと思います。
数値の持つ意味、科学情報を正しく理解し考えて行動することが肝要です。そして改めて手洗い・アルコール消毒、マスクの着用など個人でできること徹底していきましょう。その上で日常生活において一番心がけたいことは、栄養バランスの良い食事を摂り、しっかりと睡眠をとって免疫力を高めることです。我が家の柴犬を見習らなければ・・・(ここ3回、同じ締めです)